湯川秀樹は理論物理学者
金曜日, 12月 18th, 2009地質学者小川琢治(たくじ)の三男として東京に生まれる。
1929年(昭和4)京都帝国大学理学部を卒業、33年大阪帝国大学助教授ののち、40年京都帝国大学教授となった。
一時、東京帝国大学、アメリカのプリンストン高等研究所、コロンビア大学などの教授を兼ねたが、53年(昭和28)以降定年退官まで京都大学基礎物理学研究所所長の職にあった。
1932年チャドウィックによって中性子が発見され、原子核が陽子と中性子とからなることが明らかになったが、それとともに、陽子・中性子を互いに結び付けている力が何であるかが大きな問題になった。
一方、原子核のβ(ベータ)崩壊の研究から、当時未知のニュートリノの存在を仮定することが必要になってきていた。
湯川は、荷電粒子間に働く力を電磁場が媒介するとの類推から、陽子・中性子を結び付ける未知の力の場があるとした。